「不適切にもほどがある」~秋山先生編~
遠い遠い昔。
私が小学生の頃の話です。
今ほどは暑くはなかった昭和の夏。
当時は、エアコンのない家庭もたくさんありました。
もちろん、当時の我が家にもエアコンはありませんでした。
私が小学6年生の時の話です。
担任は、秋山先生という女性の先生でした。
先生は、丁度私の親と同じ世代。当時、多分40歳過ぎ位の明るくて感じの良い方でした。
小学校の低学年の時には、おとなしくて誰にでも優しい児童だった私ですが、
学年が上がるにつれ、「おとなしい」要素は少しずつ薄れていき、
6年生になる頃には、「活発」な子供になっていたと思います。
6年生になってしばらく経ったころ、初夏の頃でしょうか。
朝のホームルームの時間に、秋山先生がクラスの皆に向かって語り始めました。
「先生ね、クラスの男の子全員が〇〇君(私の名前)みたくなればいいのに、って思ってるの」
!
!!
!!!
私は、衝撃を受けました。
「この先生は何を言い出すんだ!」
その頃の私は、自分で言うのも何なのですが、クラスの学級委員で、まあ勉強もでき、
野球やサッカーもまあまあ上手で、まあ目立つ存在ではあったと思います
(自分で言って恥ずかしいですが・・・)
という自覚はあったものの、まさか担任の先生が、クラス皆の前でそんな発言をするとは。
その発言を聞き、私は内心頭を抱えました。
「先生がそう思うのは勝手だ。だけど、皆にそれを言ってどうなるんだ!」
「僕以外の男子児童は、その発言を聞いて嬉しいのか?いや、嬉しいわけがない」
「そもそも、僕自身が、そんな事を言われて嬉しくないし」
「そんなことも分からない秋山先生は〇カなのか!」
秋山先生は、そんな失意で渦巻いている私の気持ちには気づかず、
まるでウインクをするような勢いで私に笑顔を向けてきます。
数年前とは違い、活発な少年になった私ではありますが、まだ反抗期には至っておらず、
先生に反論することはできませんでした。
(学校の先生に反抗・反論できるようなったのは中学生になってからでした)
私は、いたたまれず、皆の顔を見るのも怖くて下を向いていました。
秋山先生は、そんな私を見て、どう思ったのでしょうか?
「恥ずかしがっちゃって」とか思っていたりして。
その後、秋山先生は、月に数回、同じ発言を皆の前で繰り返しました。
「先生ね、クラスの男の子全員が・・・」
「もうやめてくれ~!」と、その度に私は下を向いて、嵐が通り過ぎるのを待ちました。
そして、それ以来、何となく皆と接しづらくなったような、
そんな悪い予感が当たる日が来てしまいました。
ある月曜日、学校に行くと、クラスの男子数人が私の前で楽しそうに話し始めました。
「昨日は楽しかったなー」
「そうだな。あそこはこうだったな」
「そうそう、また行こうな」
言いながら、私の顔をチラチラ見てきます。
そう、担任の秋山先生に依怙贔屓されている私を仲間外れにして、皆で遊びに行ったようなのです。
私は、内心、「まあ、そうなるよね~」とつぶやいていました。
来るべきものが来たな、と。
まあ、覚悟はしていたけど、寂しいよね(泣)
先生という立場の人が、決して皆の前では口に出してはいけない心の声を、
あれだけ堂々と口に出したら、聞かされた方は、まあそうなるよね。
でも、依怙贔屓されていると思われている僕だって、何も良い事がないのになぁ~
でも、皆にそんな事言っても事態が良くなるとは思えないよなぁ~
なんて事を思いながら、私は、6年生の後半生活を過ごしたのでした。
6年前、純粋で素直でいつもニコニコしていた私は、小学校を卒業する頃には、
表面上の「良い子」は変わらなかったものの、
内心では、その後の中学生時代の反抗期少年に向かって順調に成長をしていました。
「大人って〇カばっかりだなー」
「先生って、何のためにいるの?」
なんてことを思いながら。
と、ここまで書いて、ふと思いついたことがあります。
秋山先生のあの発言は、私が仲間外れになることを計算しての発言だったのかも、と。
「皆の前で褒め殺しを繰り返したら、その人物は仲間はずれになる説」的な。
そう考えると、あの発言も納得はできます。
大人が、そんな〇カなはずはないし。
そうだとしたら、私よりも秋山先生の方が圧倒的に上手(ウワテ)です。
ただ、問題は、何故そうしたか?ですが。
秋山先生、実は私の事を大嫌いだったのかも。
そう考えると、あの時の秋山先生のウインクって・・・
「これから、お前にいろんなことが起きるんだよ。きっと」的な予告?